新鍛造工場
新潟県三条市
受賞
- JIA環境建築賞
- 環境・設備デザイン賞
- 東京建築賞
- 空間デザイン・コンペティション
- 特別賞
- 最優秀賞
- 優秀賞
- 銀賞
掲載
- 「建築技術」 2010年(h22) 4月号/建築技術
- 「建築技術」 2020年(r02) 5月号/建築技術
- 「新建築」 2011年(h23)11月号/新建築社
新鍛造工場は、既存工場が及ぼす周辺住民の方々への影響を解消する為に計画された防音工場です。目標は、夜間の騒音・振動規制を守り、24時間稼働可能な工場でした。移設予定の既存ハンマーの騒音測定値は 120dB、振動測定値は 94dB。それはジェット機のエンジン同等レベルの騒音、震度 4の地震に匹敵する振動です。条例規則は夜間の騒音レベル 45bB、振動レベル 55dBと、かなり厳しいハードルでした。難題の一つは、音は外に出さずに 1時間に工場内の空気を 20回入れ換えねばならぬこと、もう一つは、エアバネやダンパーを使わずに、振動の伝播を抑えることでした。前者は、熱と粉塵がその理由であり、後者は、衝撃を吸収してしまっては製品の性能が落ちてしまう事が理由です。
この計画では、電気室やコンプレッサー室等、エネルギー源を別棟に設け、鍛造作業室をシンプルで明確な構造にしています。南北面から自然給気を行い、東西面から機械排気を行っています。南北立面に凹凸プランが林立して立ち上がっているのは全て給気シャフトとなっている空洞の柱です。この空洞を通して屋外と室内の空気は完全に一体化しています。空気は外から中へ、音は中から外へ、その矛盾を解決する為に、鍛造音の周波数特性を分析し、その音の波が給気シャフト内部に張り巡らされたサイレンサーで消音されるようになっています。外気は軒下レベルから侵入して室内床面近くに流れ込みます。排気設備室の最終経路にも同様のサイレンサーが設置され消音されています。
また、新しい工場は60dBの遮音性能を持つ硝子ブロックの2重積みで、十分な採光を取り入れ、明るい作業環境となっています。通用口も同様の遮音性能となっています。壁天井の内装材は全て吸音材です。
ハンマー基礎の解決策は、緩衝材をサンドイッチした2重構造です。その他、夏場は井戸水を活用して作業員の為のスポット空調を行うなどの工夫を施しています。
敷地の北側は水田と信濃川ですが、南には国道に沿って集落が広がっています。昭和の時代には、多くの鍛造工場がその騒音と激震により山間部に追いやられた歴史がありましたが、新しい工場の竣工後の騒音・振動測定では、無事目標値をクリアーして、夜間の作業が可能に成りました。
新潟県三条市は、鍛冶屋の町である。今でもその音が、町のあちらこちらで鳴り響いている。この工場は鍛冶屋の現代版であり、重さ88tonの鍛造機2台が設置されている。圧縮空気に因って加速されたラムと金型が、激しい衝撃音と振動を放ちながら製品を造りだす。ビレットヒーターで約1200℃に熱せられた素材が、上型と下型の間で鍛造される。ラム及び上型の落下のタイミングは、作業員がペダルを踏む呼吸によって決まる。そのリズムは、人に因って違う。基本的には玄翁で鋼を叩き、刀を作る原理と同じものであるが、熱、音、振動、金床、玄翁、全てが巨大化したものである。作業員は鼓膜をプロテクトし、20分のローテーションで交代しなければならない。過酷な環境に耐え生み出された強靭で精巧な鍛造品は、国内外に出荷されている。
鉄は叩いてはじめて強く成ることが古くから知られていました。「鍛冶」または「火造り」と言われていました。現代では「鍛造」と呼ばれています。鍛造の歴史を遡れば、6000年前のエジプトやメソポタミアにもその原形があり、日本では弥生時代から古墳時代に日常道具の鍬・鋤・鎌・斧など、武具の刀剣や鎧兜などが造られ、平安末期に完成度を極めた日本刀は世界に誇る芸術品とまで言われています。機械鍛造に変わったのは明治維新の直前です。
鍛造は、鉄を高温にして叩く事によって「鍛えて造る」製法です。金属塊を鍛錬することで、素材中にある泡や気孔を圧着させ、結晶粒を微細化し、組織を内部欠損の無い緻密で強靭なものにしています。その製品を顕微鏡で眺めれば、鍛流線(メタルフロー)を見ることが出来、反復曲げ応力に対して強い性能を発揮することを知る事が出来ます。今日の鍛造品は、絶対的な安全性や信頼性を求められる自動車、電車、船舶、航空機、或はまた農機具や工具など、人の目に触れる事は少ないかもしれませんが、その強度と耐久性により多くの機械製品を支えています。
現代の鍛造機は高度化し、金型もコンピューターによって彫られています。しかし、要となるところは作業員の長年の勘と経験に因るものが多くあります。素材は、鍛錬に耐えうる成分か否か、その吟味がまず求められ、金型の設計には熟練の判断を要します。型が製品の命を左右します。また、打撃時にあまり高温にして叩けば、変形中の破壊を生じてしまいます。厳しく叩き過ぎても、甘く成ってもいけません。その過程は、人の鍛錬に似て、考えさせられるものが沢山あります。鍛錬の結晶としてはじめて造り得るものがあるのだと思います。
日本のもの造りの精神は世界のお手本に成りました。産業を陰から支えて来た鍛造には、もの造りの原点があると言っても過言ではないと思います。「鍛えて造る」鍛造の精神に学ぶことは多くあります。私達は貴重な技術と精神を継承し、後輩を育て、未来に繋げて行きたいと思います。
(株式会社 共栄鍛工所)
給気シャフト内部を見上げる.この空洞を通して、屋外と室内の空気は完全に一体化している.空気は外から中へ、音は中から外へ.この柱はその矛盾を解決してくれる空洞である.鍛造音の周波数特性を分析し、その音の波が、この給気シャフト内部に張り巡らされた消音器に当たり乍ら消えている.
電気炉から次々に生み出される1200℃に加熱された素材達は、室温をかなりの温度に上昇させる。その為、大量の外気を導入し換気をしなければならないが、換気ダクトに組み込まれた高性能な消音器によってハンマー音を吸収し、周辺住民への騒音対策を施している。
■ 振動を低減する大きな機械基礎
ハンマーは重さ約 560tonと 960tonのコンクリート基礎の上に乗っている。ハンマー重量のほぼ 9倍の重さの基礎が、ハンマーの振動を抑制している。
■ ハンマー振動の地盤への伝播を防ぐ硬質スタイロフォーム
ハンマーの基礎と地盤とを絶縁するため、ハンマー基礎の周りにコンクリートの壁と床をつくっている。その床と基礎との間に硬質スタイロフォームを挟み、絶縁効果を高め、地盤に伝わるハンマー基礎の振動を低減している。
新鍛造工場 所在地:新潟県三条市
構造:RC造 一部 S造 敷地面積:5972m² 建築面積:1090m² 延床面積:1263m² 竣工:平成21年